略史
永正年間(1504-21) この地方の士豪が砦を築いたのが始まりです。
天正十五年(1587) 豊臣秀吉の九州征伐後に、小早川秀包(毛利元就の末子で隆景の養子)が
七万五千石で入り城を近世城郭へと改修した。関ヶ原では秀包は西軍に属した為改易となる。
慶長六年(1601) 三河岡崎から田中吉政が筑後一国三十二万五千石を領して柳川城に入り。
久留米城には二男の吉信をいれた。
元和六年(1620) 田中忠政に嗣子が無く、大坂の陣で戦功のあった丹波福知山城主:有馬豊氏が
二十一万六千石で入封した。以後は有馬氏が代々居城し、明治維新を迎える。
|
|

|
福岡県久留米市篠山町 |
篠山神社(城内) 2008/12/26訪城
|
築城年 |
天正年間(1573-91) |
築城者 |
毛利秀包 |
歴代城主 |
毛利、有馬 |
形式 |
平山城 |
遺構等 |
曲輪、石垣、土塁、空掘、水堀 |
現状 |
篠山神社 |
ご案内 |
城跡の地図 |
駐車場 |
無料有り |
|