
応仁の乱の頃(1467-77) 中央政権を揺るがすと言われた武将が、ここ顔戸の地にいた今も歴史に
名を残す斉藤妙椿そのひとです。東,西,北の三方に戦いに備え、豪壮な空堀と土塁を設けて、
南は可児川の流れを防御手段に利用した平城を築城し東美濃の守りの拠点とした。
妙椿はもとは八百津の浄土宗善恵寺で僧侶 として、修行をしていました。
長緑四年(1460)守護代を務めていた兄:利永が世を去ったため、仏道を捨て、政界に乗り出して、 頭角を現した人物です。
みのやんは御嵩の三城とも大満足
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岐阜県御嵩町顔戸字溝 |
2009/11/03
訪城 |
城年 |
文明年間(1467-77) |
築城者 |
斉藤妙椿 |
歴代城主 |
斉藤妙椿 |
形式 |
平城 |
遺構 |
曲輪、空掘、土塁、堀切、 |
現状 |
白山神社 |
御案内 |
城跡の地図 |
駐車可 |
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