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岐阜県可児市今 |
2012/02/11
訪城 |
天文年間(1532-55)、小池家継が築城した言われています。
永禄8年(1565)、中濃を平定した織田信長は、森可成を金山城主とし東濃の旗頭とした。
小池氏は現在の可児市南西部を支配していたこの地方の豪族であったが、この頃信長に帰順し、森氏の家臣となった。
天正10年(1582)信長が本能寺の変にて討たれると、それまで森氏に従っていた東濃の武将たちは
こぞって反旗を翻し、小池氏も同様に反抗したが、すぐに森長可に鎮圧され、森長可の命により城を退去し帰農したといわれてる。
説明板より
五厘の塔小池氏の墓とも言われている
最近この城跡は綺麗に整備された様子で、現在も地元の多くの方々がでて、桜の苗木などを植えておられ、
桜の名勝にすると逝きこんで頑張っておられました。また多くの子供たちも元気に城跡で遊んでいて楽しかったです。
城年 |
天文年間(1532-55) |
築城者 |
小池家継 |
歴代城主 |
上田、生駒 |
形式 |
平山城 |
遺構 |
曲輪、土塁,横堀,堀切、井戸,虎口,土橋、 |
現状 |
城址公園 |
御案内 |
城跡の地図 |
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