黒田官兵衛のドラマも終わって1年半が過ぎ(ブームも静かになり…)みのやんは、ようやく
菅兵衛の縁の地を巡って来ました。ブームも過ぎ去った事ですがその時に手入れもされ
何かが…未だ現存しているかも?思い御着城から巡って行きます。
永正16年(1519)、赤松氏一族で姫路城主であった小寺政隆が、子の則職に家督を譲り、
隠居所として築城したのが御着城で、以後小寺氏代々の居城となった。
時の城主小寺政職は、黒田職隆・孝高父子の有能さを見抜いて登用し、
西播磨に勢力を誇った。天正5年(1577)、織田信長の命により羽柴秀吉が播磨へ侵攻した際、
政職は家老黒田孝高の助言に従い一旦は秀吉側に付いた。しかし、
三木城主・別所長治や摂津有岡城主・荒木村重が信長に反旗を翻した際、毛利側へ寝返った。
天正8年、三木城・有岡城の陥落後、秀吉に攻められ落城した。
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築城年 |
永正16(1519) |
築城者 |
小寺政隆 |
歴代城主 |
小寺氏、 |
形式 : 平城 |
遺構 |
堀、黒田重隆墓所 |
現状 |
市役所東支所、御着城跡公園 |
ご案内 |
城跡の地図 |
無料駐車場有り |

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