城は見るだけ…歩くだけ!(日本の城郭)
元禄7年(1694)、丸亀藩は3歳の京極高或が3代藩主となったため、 夭折による断絶を恐れ幕府へ高或の庶兄・高通に 三野郡・多度郡のうち1万石を分知を願い出て、許可された。当時は政務を丸亀城内で行っていたが、 文政9年(1826)、多度津4代目藩主・高賢の時、陣屋を築きはじめ、翌文政10年に完成した。