城は見るだけ…歩くだけ! (日本の城郭)



   

  
 津城(つじょう)







津城隅櫓 
 別称 安濃津城 三重県津市丸の内   2007/6/11 

                                                   
         津城跡はお城公園で〜す昭和33年に三層の隅櫓が再建され公園内に藤堂高虎の騎馬像が建っています。
        側には天守台がありますが登れません、城跡と言うよりほんまに市民の憩いの場です、
        今日もサラリーマン風の人たちが弁当を持ってあちら此方で昼食しています。
        ほな〜みのやんもコンビに走り弁当を買って昼食と致しました。 
        遺構としてみのやんが見て解るのは堀ぐらいかな? さてこの城は

                 永禄十一年(1568)   信長は伊勢に攻め入り津城を攻略翌年弟の信包の居城とした       
  
                 天正五年(1577)     信包が五層の天守を完成させた
                                  
                 天正十年(1582)     本能寺の変後信包は秀吉に接近したが秀吉の機嫌を損ね
   
                 文禄三年(1594)     近江二万石に減封された
                         
                 文禄四年(1595)     秀吉の家臣の富田信高が津城主となった
               
  慶長五年(1600)     富田氏は家康に味方したため西軍の毛利秀元・長宗我部元親らの軍勢に攻撃され建物はほぼ焼失
                    したが、東軍が勝利をおさめた為に富田氏は再び津城主に返り咲き復興に力を入れた
     
  慶長十三年(1608)   富田氏は伊予宇和島に移封、替わって藤堂高虎が二十二万石の大名として入城して大改築した
                  
  元和元年(1616) 大坂の陣の軍功により三十二万石に加増され名張等支藩置き津城を本拠として江戸時代通じ明治維新を迎える。

 

   ☆ 2011年の城廻の閉めは四年振りに三重県に入りました、以前と余り変わりが無いと思いますが今年の大河ドラマ江姫の縁の城

  として紹介されていました。織田信長の弟の信包がこの城に入り、その頃お市の三姉妹,茶々,初,江がいたと言われています。

                  
   
   
                                                            2011/12/29  訪城


                        
     
 


   
   
                                                              2011/12/29  訪城



   
                                                        写真は2011年12月撮ったものです。


    
 
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