高鍋城はもと財部城と呼ばれ、柏木左衛門尉が築城した。
斉衡年間(854-57)、土持氏が居城し城を補修して約600年支配した。
長禄元年(1457)、日向に勢力を伸ばしてきた伊東氏の所領となり、
日向国伊東氏48城の1つとして武将落合民部が城主となった。
天正5年(1577)、伊東氏を破った島津氏が所有したが、
天正15年、島津氏は豊臣秀吉に降伏し、同年7月、筑前
秋月城主・秋月種実が3万石で日向に入った。
種実は串間城に入城したが、種実の子・種長は財部城へ居城を移し、城を近世城郭へと改修した。
寛文9年(1669)、三代種信も大改修をし、
延宝元年(1673)完成した。その際、城の名を高鍋城と改めた。以後、種長から秋月氏が10代続き、明治を迎えた。
三の丸入口 天守台の入口
高鍋城の様々な石垣
高鍋城で一番カッコが良い所ですかね、桜が咲けば一段と映えるでしょう。
城年 |
平安時代末期 元号一覧 |
築城者 |
柏木左衛門尉 |
歴代城主 |
柏木、土持、伊東、島津、秋月 |
形式 |
平山城 |
遺構 |
石垣、土塁、堀 |
現状 |
舞鶴公園 |
ご案内 |
城跡の地図 |
駐車場 |
無料駐車場有り |
舞鶴神社

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