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長野県小諸市古城 |
訪城 別称 酔月城 穴城 2007/8/24 訪城 |
戦国時代になると小諸城は大井氏に変わって南信濃に勢力を張る村上氏の領有となった。
天文十二年(1543) 甲斐の武田信玄が村上義晴を滅ぼし、山本勘助と馬場信房に
築城を命じた、これが現在もの残る小諸城跡です。
天文二十三年(1554) 城は完成し信玄の甥にあたる武田信豊が城主なった。
天正十年(1582) 信玄の後を継いだ勝頼は信長に滅ばされた。信長の将 滝川
一益が入城し、同年6月本能寺の変で信長が倒れると。
武田氏ノ武将であった依田信蕃(のぶしげ)が入城。
同年7;小田原の北条氏直が六万の
依田氏は小諸城を放棄して、徳川家康の下に落ち延びる、北条氏の将 大道寺政繁が小諸城を占領した。
天正十一年(1583) 北条氏と徳川氏の争乱の末徳川が勝利し領有した。依田信蕃
の実子松平康国が入城
天正十八年(1590) 秀吉が北条氏を滅ぼしてほぼ天下を統一すると、仙石秀久が
入城、三層の天守はじめ大手門、黒門を建て、子の仙石忠政
が三の門と足柄門等を建てる。
元和八年(1622) 徳川時代になって仙石忠政が信濃上田に転封されると、家光の
弟の忠長が入城。
寛永元年(1624) 松平憲良が美濃大垣から5万石で入城。 その後
青山、酒井、西尾、松平氏と交替したが
元禄十五年(1702) 越後与板から牧野康重が一万五千石で入城。
以後牧野氏十代の居城として明治維新を迎える。
散策には絶好の場所。静かな古城 空はすっきりと青い空、何の思いも忘れゆっくりとくつろいだみのやんでした。
八年振りの小諸城の再訪城です。
今回の再訪城の目的は大手門を見たさにやって来ました。前回は修復中で見る事が出来ず。
これで小諸は大満足で今宵は温泉につかり疲れをとることができそうです。

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