名子城(なごじょう)
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別称
城山城 |
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長野県松川町元大島 |
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2012/04/29
訪城 |
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名子城は、名子の平を一望に出来る高台に築かれ、段丘崖の先端が唐沢川、大名川の二つの河川によって浸食され、
両河川の間に残った幅の狭い台地を一条の堀切で分断した構造である。名子城の築城に関しては詳細不明だが、
『尊卑分脈系図』によれば、平安時代末期に南信濃源氏の片切氏の分流が名子郷に分知し、
在名をもって名子氏を称したとある。鎌倉時代の名子氏は、春近領内名子郷の
地頭代として郷民を支配した。名子城は鎌倉時代から室町時代にかけて名子郷を実質的に支配した
名子氏が、非常時に備えて日常の住まい(館)より一段高い要害の地に築いたものと考えられている。
名子氏は鎌倉幕府滅亡後は小笠原氏に属し、やがて大島氏の支配下に入り、
天文23年(1554)以降は武田氏に従ったが、天正10年(1582)織田信長の伊那侵攻により落城した
築城年 |
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築城者 |
名子氏? |
歴代城主 |
名子氏 |
形式 |
崖端城 |
遺構 |
曲輪、土塁、堀切 |
現状 |
公園 |
ご案内 |
城跡の地図 |
福祉センターで駐車可 |
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