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芥川山城は飯盛山城と共に大阪府下で最大の規模の城跡です。芥川山城は三好山に築かれ大城郭で
遺構もかなり残っており、山頂の主郭はかなり削平地が広がり本丸、二の丸、曲輪、堀切、石垣、土塁など
多数残っております、城は見るだけ…歩くだけ!のみのやんもかなり興奮気味で見て周りました。ここは
山城と思い少しかまえて来ましたが山登りも対した事無く道も整備されており気軽に行けました。
別称 芥川城 原城 三好山城
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略史 「応仁の乱」の頃細川高國政権下の能勢頼則が三好山に築城された。
大永4年(1524) 能勢氏はこのを地去り
天文2年(1533) この頃細川晴元の支配下になり、それも長く続かず三好長慶が晴元から奪取
この地に、芥川孫十郎を城主とした。のち晴元が反撃したが討ち果たし、飯盛山城に移る
永禄3年(1568) まで三好政権のもとで流れたが
永禄11年(1568) 芥川山城は信長に攻め落とされた。のち織田方の和田氏が入城したが翌年
高槻城に移り、後、高山飛騨守に託す
天正元年(1573) 飛騨守の子彦五郎(右近)により高槻城を奪われ、これにより芥川山城は
役目も薄れ、廃城となった。
築城年 |
永正12年(1515) |
築城者
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細川高国 |
歴代城主 |
能勢氏、細川氏、芥川氏、三好氏 |
形式 |
山城 |
遺構 |
曲輪、土塁、堀切、
石垣、土橋、 |
現状の形態 |
三好山 |
備考 |
城跡の地図 |
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無料駐車可 |
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