城は見るだけ…歩くだけ! (日本の城郭)
米子城 |
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別称 |
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| 日本100名城 | 続日本100名城 |
鳥取県米子市米子町 2008/7/18 訪城 |
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長屋門を見学し、いざ登城!先ずタマゲタのは石垣の雄大さ美しさ、季節がら雑草が生え伸びてきっている時期に城跡は美しく整備 されており感激いたしました。天守台から地元小学生5〜7人に挨拶を受け。又励まされみのやんもようやく登頂、 天守台からの眺望は360度の絶景なり、地元の子供達の話では山頂の削平地の場所に置き石が有りました この下に武将の生首が埋められたとか、鳥取の海は今は鮫が出ているから泳ぐのだったら注意してとか子供達に色々と 地元の情報を教わり山をくだりました。 続日本100名城 | |
略史 応仁年間(1467-77) 尼子氏に対抗する為,山名氏がこの地に砦を築いたと言われてる 天正19年(1591) 吉川広家が城を大改修した。 慶長5年(1600) 関ヶ原合戦で敗れた吉川氏は岩国へ転封、替わって中村忠一が入封し米子城の築城を続けた。 慶長14年(1609) 忠一は急死し後継ぎも無かった為中村家は断絶した。替わって美濃黒野城主、加藤氏入封した。 |
元和3年(1617) 大坂の陣の功で加藤貞泰は伊予大洲 に転封、以後因幡、伯耆は鳥取城主池田光政が領した。 米子城には池田由之が入封。 寛永9年(1632) 池田光仲の筆頭家老、荒尾成利が城主となって以後 荒尾氏の居城として明治維新を迎える。 |