う〜ん!奥平貞後が川尻城から移っただけあって、今でも川尻城とは比較にならない程の城跡だあ感激
空堀、土塁等のに案内板もあちらこちらにあり整備された城跡です。奥平氏の六代目の信昌は長篠戦
以後、家康の長女の亀姫を妻として(ラッキー?)新城城に移った、ホナみのやんも新城城行こう〜
との思いはあったが、新城城は想定外で中止。
信昌の四男の忠明は慶長七年(1502)に一万七千石で亀山城に戻ったが、慶長十五年に伊勢亀山へ
五万石で移ったためその後廃城になった。 疑問? 廃城後の城はどのように利用されるの?
築城年 |
応永31(1424) |
築城者 |
奥平貞俊 |
歴代城主 |
奥平氏 |
形式 : 平山城 |
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遺構 |
土塁 曲輪、空堀 |
現状 |
城跡公園 |
ご案内 |
城跡の地図 |
駐車可 |
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東三河地区 (新城,豊川,豊橋,蒲郡,田原、設楽,東栄 市町村)
©minoyan |
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