三河の吉良氏ゆかりの城!田中吉政が近世城郭に整備。
承久三年(1221) 三河の守護足利義氏が築城した。
その後義氏は長男の長氏に吉良西条城(現在の西尾城)を三男義継に
吉良東条を支配させた。長氏の子孫は吉良氏と称し、その後十四代300年間余り西尾を支配し、
戦国時代を迎える事となる。
永禄四年(1561) 徳川方の酒井正親が今川方である吉良義昭を制し西尾城に入城した。
以後西尾城と改め近世城郭としての築城は
天正十三年(1585)
政親の後を継いだ重忠が二の丸に天守を築く。
天正十八年(1590)
秀吉の配下である田中吉政が岡崎城主の兼務で
西尾城主として入城し城郭及び城下町の整備が
本格的に進めらこの時に石垣を持つ城は近世城郭となった。
慶長六年(1600) 関ヶ原の戦いで軍功のあった筑後柳川が32万石で入城するが翌年
慶長七年(1601) 本多氏が藩主となる、
その後松平、本多、太田、井伊、増山、土井、三浦氏と徳川譜代大名が交替する。
明和元年(1674) 出羽山形から松平乗祐が6万石で入城以後、松平五代の居城として明治維新を迎える。
愛知県西尾市錦城城町
2007/7/15 訪城
築城年 |
貞応年間(1223頃) |
築城者 |
足利義氏 |
歴代城主 |
足利、吉良、酒井 |
形式 |
平城 |
遺構 |
木造復元櫓,掘,井戸,石垣,土塁 |
現状 |
城跡公園 |
ご案内 |
城跡の地図 |
無料前駐車場有り |
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この西尾城跡は、みのやんは何も解りませんが?歩いていたら何故か?心が楽しくなり…
反面心が落ち着き大変気持ち良くさせて頂いき度々、又訪城したい気持ちでした。
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