竹田城 城は見るだけ…歩くだけ! (日本の城郭)
2007/9/23
訪城
朝来市和田山
全国屈指の山城は別名虎臥城とよばれてます、標高353.7mの山頂部が竹田城です。
城は見るだけ歩くだけのみのやんには、これほどの適した城跡は数が少ない、
訪城したのは9月23日で今年は残暑が厳しいながらも円山川の清らかな流れ…
山頂では守護大名の山中持豊の家臣の太田垣の築いた城郭を眺め…
但馬の山々の大パノラマはみのやんには涙の感激であり、現在の豪壮な石垣は
慶長五年(1600)ちかいころのものらしい…大田垣氏は七年続くが、
織田信長の命を受け羽柴秀吉が再三竹田城攻撃
天正五年(1577)ついに落城した。秀吉は弟の小一郎(後の秀長)を城代として整備を命じた。
天正八年(1580)小一郎の重臣の桑山重晴が竹田城の城主となるが天正十三年に和歌山城代として
転封、播磨龍野城主赤松政秀の子広秀が城主となる、
広秀が現在残る石垣を築き上げた。広秀は関ヶ原の戦いで西軍に付き敗北家康の軍門に降って
鳥取城攻めに加わり戦功を上げるが城下を焼き払った罪で自刀
赤松広秀の死後は竹田城は焼き払われ見事な石垣を残すのみとなった。
城跡の地図

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