[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
宇須岸河野館
享徳3年(1454)、津軽の豪族・安東政季に従って武田信広(松前氏の始祖)、 伊予国出身の河野政通らが蝦夷地に渡来した。 政通は当時「宇須岸」と呼ばれていたこの地に「館」を築いた。 これが「宇須岸河野館」で、東西約92m、南北約115m、 四方に土塁と空堀を巡らしていたといわれている。 永正9年(1512)アイヌの反乱で 河野季通(政通の子)ら一族が敗れたため和人は亀田に移り、 箱館は以後百余年に渡って衰退した。 宝永年間(1704-11)、住民の増加に伴って寺院が建ち、 寛保元年(1741)には松前藩の亀田奉行所が河野館跡地に移された。 寛政11年(1799)幕府は東蝦夷地を直轄地とし、 享和2年(1802)この地に箱館奉行所を設置した。 (現地説明板)
![]() |