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旧
二条城 |
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京都府京都市上京区下立売通烏丸西入ル
平安女学院 |
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二条城に保管されている旧二条城の石垣
2010/01/16
訪城 |
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別称
二条御所 |
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築城当時、日本において布教活動をしていたポルトガルの宣教師、ルイス=フロイスの記録によれば、
旧二条城というのは、現在の二条城以前に、永禄12年(1569)2月に工事を開始し、
常時
1万5千人から2万5千人の人役を投入し、70日間程でほぼ全容を整えたということであり、
期間を極めて短くする為に、石垣の石材に近郷の石仏・板碑・燈籠等を徴集し、積み込んだと記載されているが、
その通りの石仏などがこの遺構に見られる。その後、信長は義昭を追放し、東宮誠仁親王を迎え入れ、
「二条御所」とも呼ばれていた。天正10年(1582)の本能寺の変において明智勢に攻めいられ、
信長の長子、信忠が自刃し城郭建築は焼失した。
写真の石垣は、京都市高速鉄道烏丸線(地下鉄)建設に際し、烏丸下立売から発見されたものである。
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