南北朝期、宇陀地方の有力国人領主・秋山氏が築城した。
天正13年(1585)、豊臣秀長が大和郡山城に入封した際、秋山氏は伊賀に追放された。その後、
伊藤義之、加藤光泰、羽田正親、多賀秀種、福島孝治と
豊臣系大名が次々と入れ替わって城主となった。
元和元年(1615)、福島孝治が改易され秋山城も廃城となった。
同年、宇陀松山に織田信雄が5万石で入封した。
織田氏は秋山城の麓に陣屋を構え、4代信保が丹波柏原に移るまで宇陀松山を領した。
織田氏転封後の松山は、天領となった。
この城跡は知識の少ないみのやんに取っても、中々見応えが有る城跡と思いました。
説明版も解りやすく、ルンルン気分でリハバリ効果は満点です。
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奈良県の景観資産に指定されている。 |
松山城跡からの展望です。 |
築城年 |
南北朝期 |
築城者 |
秋山氏 |
歴代城主 |
秋山,伊藤,加藤,羽田,多賀福島 |
形式 |
山城 |
遺構 |
曲輪、空堀、土塁、石垣、
天守台、虎口 |
現状 |
山林 |
ご案内 |
城跡の地図 |
駐車場 |
無料駐車場有 |

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