は見るだけ…歩くだけ! (日本の城郭)


 
  松倉城   
        富山県魚津市鹿熊                         2011/08/20 訪城
 

別称

鹿熊城

金山城 

 

 
 

                        
                
   


 
   
  
       南北朝期、普門(井上)俊清が築城したといわれるが、

     椎名氏が築城したとの説もある。越中守護・畠山氏の守護代として、

     神保氏・遊佐氏・椎名氏が新川郡を支配した。応仁の乱後、

     神保氏と椎名氏は畠山氏の勢力が衰退したため独立を狙うが、

     畠山氏は長尾氏に攻められ長尾氏に属し、

     椎名氏も神保氏と対抗するため長尾(上杉)氏についた。

     永録3年(1560)、神保長職は、武田信玄・越中一向一揆と結んで松倉城を攻めたが敗退した。

     椎名康胤は上杉謙信に援軍を求め、神保長職の本拠・増山城を落とし、

     神保氏は滅亡した。永禄11年、椎名康胤は武田信玄の誘いに乗り寝返ったため、

     謙信は松倉城を攻め椎名康胤を追放した。その後、

     松倉城には上杉氏家臣・河田氏などが入ったが、

     天正10年(1582)織田信長の越中侵攻後、佐々氏、前田氏の属城となった。

     慶長年間(1596-1615)廃城となった。
                                             
   

        
築城年  南北朝期 築城者  普門(井上)俊清 歴代城主  普門、桃井、椎名、上杉 形式 : 山城   
遺構  曲輪、土塁、堀切 現状  城跡山  ご案内  城跡の地図 無料駐車場有り  


                                        
  
      
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