
現在甲府城跡は舞鶴公園として整備されております、
遺構としては堀や石垣、天守台 復元櫓 城壁 公園は誇大な規模で
みのやんみたいに城は見るだけ…歩くだけ!の人には案外最適な城跡かもしれません、
石垣も見る所によりはなかなか壮大に見え、
今も修復作業が進んでいます(特に石垣を修復している様に見えます)
また訪れる機会があれば、修復後の甲府城を見るのが楽しみだ〜
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山梨県甲府市丸の内 |
別称 舞鶴城 2008/8/25
訪城 |
天正十年(1582) 北条氏政・氏直親子との甲斐争奪戦に勝利した家康は
平岩親吉に命じ天正十一年に築城した
天正十八年(1590) 小田原攻めで北条氏を滅ぼした秀吉は、
家康を関東に転封させ養子である羽柴秀勝を甲府城に入城させた
その後加藤光泰・浅野長正・幸信(よしのぶ)親子に引きつがれた
慶長五年(1600) 関ヶ原の戦いで軍功のあった浅野家が和歌山城主となり甲府城は徳川領となった
寛文元年(1661) 三代家光の三男綱重が城主となる
宝永元年(1704) 先祖が甲斐の国の柳沢吉保が城主(城の大修理をおこなう)
享保九年(1724) 柳沢氏は大和郡山に転封された後は徳川幕府直轄地となる
江戸から勤番が派遣されて明治維新を迎える
(幕臣の間では甲府勤番は山流しと言われ歓迎されなかった)
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